「アジアの世紀」を支える化学 - 25周年を迎えるアジア化学会連合(FACS)

(社)日本化学会 国際交流委員会

FACSの概要

 アジア化学会連合(Federation of Asian Chemical Societies, FACS)をご存じだろうか?1997年5月に広島で開催された第7回アジア化学会議1)に参加された方は、その開催母体を覚えておられるだろう。
その後2年間にわたって大瀧仁志先生がPresidentを務められ、FACSの動向が役員によって本誌にも何回か紹介された
2)のをご覧になった方も少なくないのではないか。

 UNESCOのリーダーシップにより、ヨーロッパにある同様の国際的な組織であるFederation of European Chemical Societies を手本として、1979年8月に発足したFACSは今年、25周年を迎える。バンコクで開催された設立会議に参加したのは、オーストラリア、香港、インド、インドネシア、イラク、韓国、マレーシア、フィリピン、シンガポール、スリランカ、タイの11化学会。設立当時の実態や2年遅れて参加した日本の事情については、濱田事務局長(当時)のレポート
3)を参照されたい。
 25年を経過した現在、「アジア・太平洋地域における化学の進歩とInterests of Professional Chemists を促進する」という目的の下に、加盟学会は日本の他にブルネイ、フィジー、ヨルダン、クウェート、バングラデシュ、中国、イスラエル、モンゴル、ニュージーランド、パプア・ニューギニア、ロシア、パキスタン、台北、ベトナム、ネパールの化学会を加え、27学会に達している。
 FACSの主な活動は、アジア化学会議とFACS総会の開催、FACS各賞の授与、FACS Newsletterとホームページによる情報伝達、プロジェクトの活動の3つである。アジア化学会議を開催した化学会の代表がPresidentを務め、他の6名の幹事役員(任期2年)と共に分担して、各国化学会と連携を取りながら活動全体を統括している。2003-2005年の幹事役員は次の通りである。

President: Ho Sy Thoang (Vietnam)
Past-President: Barry N. Noller (Australia)
President-elect: Suh, Junghun (Korea)
Secretary General: Huynh Van Trung (Vietnam)
Treasurer: Soon, Ting-Kueh (Malaysia)
Chairman of Publications: San H. Thang (Australia)
Coordinator of Projects: Ito, Masato M. (Japan)

大瀧先生のPresidentだった当時の役員で今も残っているのはNoller氏だけとなり、幹事役員の大半を40-50歳代が占めるなど、次第に世代交代が進んでいる。

 以下、各活動について概説する。

アジア化学会議とFACS総会

1981年に第1回が開催されたアジア化学会議は、1989年の第3回から隔年開催が定着している。日本の後は台北、ブリスベン(オーストラリア)と続き、昨年10月にハノイで第10回が開催され、特別講演に招かれた野依良治化学会元会長をはじめ多数の日本人が参加した4)。一般研究発表に加えて、開催国や各プロジェクトが提案したいくつものシンポジウムが開催される。次回は、2005年8月24〜26日に韓国のソウルで開催される。First Circular(図1)は化学会事務局から入手できるほか、ホームページ5)でも公開されている。日本から多数の化学者の参加が期待されている。
FACS総会は、アジア化学会議の際に開催される。FACS の各活動が報告され、新加入の化学会の承認、将来のアジア化学会議の主催学会などの重要な事項が決定される。1981年から2年に1度開催されているので、回数は総会の方が多く、昨年10月のハノイの総会は12回を数える。日本化学会からは国際交流委員会の松本和子現委員長が参加した(写真1)。今回の総会では、2007年の第12回アジア化学会議がクアラルンプール(マレーシア)で開催されることが決まった。

FACSの賞と表彰

 FACSでは4つの賞を設けて、アジアの化学の発展に顕著な貢献をした化学者をアジア化学会議の席上で表彰している。
 Foundation Lectureship Awardは、学会賞に相当するものである。受賞対象となる分野は、各回毎に有機化学、物理化学・理論化学、分析化学、無機化学の順となっている。1999年には物理化学の分野で藤嶋昭博士が受賞されたのは記憶に新しい。日本からはこれが最初の受賞だった。2003年には有機金属化学の分野で世界的に活躍している香港のChe Chi-Ming 博士が受賞した。次回の2005年は有機化学の分野が対象である。伝統的に日本が強い分野なので、2人目の受賞に期待したい。
 Distinguished Young Chemist Awardは、40歳以下の若手に与えられる。受賞分野は物理化学・理論化学、分析化学、有機化学、無機化学の順であり、次回は物理化学・理論化学の分野が対象である。3つめはDistinguished Contribution to Economic Development Award で、FACS地域の経済・産業面での発展への貢献を対象とする賞である。4つめは2003年に新設されたDistinguished Contribution to Advancement in Chemical Education Award であり、FACS地域の化学教育の振興への国際的な貢献を対象としている。最初の受賞者はChemistry Quizの国際的な普及に尽力してきたオーストラリアのC. Fogliani 博士だった。
この他に、FACS地域の化学と化学産業の発展に尽力した方を顕彰するFACS Citation があり、2年ごとに最大3名が表彰される。2003年には、環境化学の研究等を通じてこの分野のアジア太平洋地域での振興に貢献してきた秋元 肇博士が表彰された。(写真および説明)
 これらの賞への推薦はアジア化学会議の半年ほど前に締め切られるのが通例であり、今回は2005年の1-2月頃になるだろう。毎回、日本化学会が推薦を取りまとめている。推薦要領はFACSホームページ6) に掲載されるので、優れた候補者をどんどん推薦して戴きたい。

ニュースレター

 FACS Newsletter はChairman of Publicationsの下でPublication Committeeが担当し、年に1-2回刊行されている。2期4年間にわたって編集に携わった台湾のTahsin J. Chow氏の努力と、台湾のITRIやオーストラリアのCSIROやAustralian Journal of Chemistryからの財政的支援により、FACSの活動のレポートの他に、いろいろな特集記事が掲載され、装丁、内容共に充実したものになった。
 たとえば、2002年の1号では2001年にノーベル化学賞を受賞した野依博士の素顔の一端が紹介された。各国の代表的な研究機関を紹介するProminent Research Institute in Asiaでは、ITRI, CSIROに続いて、日本の産業技術総合研究所が紹介された。Nanotechnology in Asiaシリーズでは、韓国、中国そして台湾のナノテクノロジーの現状が紹介された。日本でも化学会事務局やナノテクノロジー総合支援プロジェクトセンター事務局の方々に努力して戴いたにもかかわらず、世界をリードする日本のナノテクノロジーの現状を紹介する記事を提供することができなかったのは残念だった。
 今期からChairman が交代し、また新たな企画が生まれることになるだろう。会員諸賢のご協力により、日本からアジアへ活発な情報発信をお願いしたい。

FACSのホームページ6)

 FACSのWWWサーバーは北京の中国科学アカデミーに置かれており、Chemical Information Network (ChIN)のDirectorであるXiaoxia Li氏らが中心となって、Publications Committeeと協力しながらホームページを運営している。FACSの諸規定や会議の議事録などと共に、近年のFACS Newsletterの全文がPDF形式で公開されており、活動の全貌を見て取ることができる。

プロジェクト

 現在、7つのプロジェクトと4つのサブ・プロジェクトを通じて、関連する他の研究者グループと連携を取りながら、各分野の発展と国際交流の推進に取り組んでいる。プロジェクトは2年間(継続可)であり、それぞれDirectorとこれに協力する他国のCo-Directorが中心となって、国際的な活動組織をまとめている(サブ・プロジェクトはDirectorのみ)。奇数年の前半には新規のプロジェクトが公募される。
 2004-2005年のプロジェクトおよびDirectorは次の通りである。
Asian Analytical Chemistry Network (AACN, 分析化学)

Director: Prof. Masaaki Tabata (Japan)
Co-Director: Prof. Hasuck Kim (Korea)

Asian Chemical Education Network (ACEN, 化学教育)

Director: Prof. J. N. O. Fernando (Sri Lanka)
Co-Director: Prof. Zuriati Zakaria (Malaysia)

Chemical Information Network (ChIN, 情報化学)

Director: Prof. Xiaoxia Li (China)
Co-Director: Prof. Yoshimasa Takahashi (Japan)

Asian Network for Environmental Chemistry (ANEC, 環境化学)

Director: Dr. Ross Sadler (Australia)
Co-Director: Dr. Jae Oh (Korea)

Asian Pasific Food Analysis Network (APFAN, 食品分析)

Director: Dr. Pieter Scheelings (Australia)
Co-Director: Dr. Julia Kantasubrata (Indonesia)

Green Chemistry (GC)

Director: Prof. Chee-Cheong Ho (Malaysia)
Co-Director: Prof. Takashi Tatsumi (Japan)

Medicinal Chemistry and Natural Products (MCNP, 医薬化学・天然物化学)

Director: Prof. David Winkler (Australia)
Co-Director: Prof. Dr. Le Thi Anh Dao (Vietnam)

(Sub) Asian Network for Research on Anti-diabetic Plants (ANRAP, 抗糖尿病植物)

Director: Prof. M. Mosihuzzaman (Bangladesh)

(Sub) Low-Cost Instrumentation-Microscale Chemistry (LCI-MSC)

Director: Prof. Winghong Chan (Hong Kong)

(Sub) Low-Cost Publication (LCP)

Director: Prof. Krishna Sane (India)

(Sub) Professional Ethics in support of Chemical Disarmament (PECD, 職業倫理・化学兵器削減)

Director: Prof. John Webb (Australia)

「食品分析」のような地域のニーズに応えるものや「低コスト〜」のように経済事情を反映したものもあれば、Green Chemistryのように21世紀の重要な課題に取り組むものもあり、多種多様である。各プロジェクトには年間$500(サブ・プロジェクトは$200)のSeed Fund が用意されている。日本人には「たったそれだけ?」と感じられるかも知れないが、経済的に恵まれていない諸国にとっては貴重な資金である。 ところで、オーストラリアがDirectorだけで4名を占めているのに対して、日本の関係者はDirectorが1名、Co-Directorが2名というのはどうみても少ない。「アジアの世紀」の化学における質・量の両面での日本の重要性を考えると、もっと多くの化学者がアジアでの国際的貢献に取り組んでもいいのではないか。


今後の課題

 以上のようにさまざまの活動に取り組んでいるFACSであるが、少なからず問題をかかえていることも否めない。
 まず、財政規模が小さい点が挙げられる。加盟学会の年会費は国の経済規模によって$600(日本など6ヶ国)、$300(7ヶ国)、$120(14ヶ国)の三段階に分かれている。これが主な収入源である(年会費$5の個人会員制度もある)。財政規模はIUPACの1/100以下だろう。財政的に行き詰まっているわけではないが、逆に言えばそれだけ限定された活動にしか取り組んでいないということでもある。大規模な活動を単独で行うのは困難であり、他の国際的なグループや国際機関との協力関係に依存している部分が少なくない。プロジェクトを例にとると、ChIN、APFANおよびANRAPの実態は独自に活動する国際的な研究者グループであり、ANEC、AACNおよびLCI-MSCはそれぞれ対応する分野の研究者ネットワークと協力して活動している。FACS自体の活動を活性化するために、財政面でのバックアップを担うFACS Foundationのような組織作りが進められている。
 また、ヨーロッパのFECSと違って、カバーすべき地域がはるかに広大であり、言語も開発段階・経済水準もはるかに多種多様である。加盟学会の関心を共有する問題に取り組み、連合としてのまとまりを実現するのは容易ではない。地域が広大であるために、国際的な催しへの参加者の旅費負担も大きい。このこともあってか、毎年開催されるはずのCouncil Meeting (各学会の代表が参集する議決機関)が、最近ではアジア化学会議の場(総会)でしか成立しなくなっている。ついに2003年の総会で、「Council Meetingは少なくとも2年に1度開催する」ことに改正された。これにより、年に2回開かれる幹事会(Ex-Co, 写真2)の、FACS運営に占める比重がどうしても大きくなる。役員やプロジェクトのメンバーが出ていない学会とFACSとのつながりが希薄になりはしないかと危惧される。これまで以上に、プロジェクト等の活動や他の国際的なグループとの協力を通じて、各分野の化学者間の国際的なネットワークづくりに力を入れ、多くの化学者がFACSの活動に関与し、その役割をより多くの化学者に理解してもらえるよう努力する必要がある。

25周年記念行事

はじめに記したように、FACSは今年8月で設立25周年を迎える。これを記念して、10月16〜18日には発祥の地バンコクで、各化学会の代表や歴代の会長などを招いて、記念式典などの催しが開催される予定である。
 いくつかの課題を抱えているFACSであるが、この機会にFACSの活動に対する各加盟学会の会員諸氏の関心がさらに高まり、「アジアの世紀」の次の25年に向けてさらなる発展を期待したい。そして、世界のトップレベルにある学界および産業界にまたがる、日本化学会の多数の会員諸賢の多大な貢献を祈念している。


参考文献
1) 冨永博夫, 化学と工業, 50 (7), 1031 (1997).
2) 竹内敬人, 化学と工業, 52 (5), 641 (1999); 大瀧仁志, 化学と工業, 53 (3), 300 (2000).
3) 濱田 博, 化学と工業, 32 (10), 782 (1979).
4) 松本和子, 化学と工業57 (5), 536 (2004).
5) The 11th Asian Chemical Congress, http://www.11acc.org.
6) The Federation of Asian Chemical Societies, http://www.facs-as.org.

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(文責:伊藤 眞人(創価大学教授)FACS EX-CO, email: itomasa@t.soka.ac.jp)


 Copywrite(c): The Chemical Society of Japan

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